「アニメ制作会社はやめとけ」。志望先を調べ始めたとたん、そんな言葉が目に入って不安になった人もいるのではないでしょうか。
結論から言うと、この言葉は半分当たっていて、半分は雑なまとめ方です。若手の収入や労働時間について、業界団体の調査で厳しい数字が出ているのは事実です。ただ、しんどさの中身は、職種と雇用の形、そして会社ごとの体制でかなり変わります。「アニメ制作会社」とひとくくりにして判断すると、合う会社まで候補から外してしまうかもしれません。
この記事は、アニメ制作会社への新卒就職を考えていて、「やめとけ」の声が気になっている学生向けに書いています。なぜそう言われるのかを構造から整理し、入る前に何を確かめればよいかをまとめました。
私はイベント・コンサート業界で15年以上働き、仕事でアニメ制作会社の関係者と接点を持つ機会がありました。ただ、制作会社の中で働いた経験はありません。そのため、数字は業界団体や調査会社の公表資料をもとに紹介します。数字は2026年10月18日時点で、各団体・調査会社が公表している報告書の原本と照らし合わせています。気になる数字は公式の資料で確かめてください。
この記事の要点は3つです。「やめとけ」と言われる理由は、収入・労働時間・雇用の形・業界の利益構造にあること。その重さは職種と雇用の形で変わること。そして、入る前に確かめる方法があることです。
アニメ制作会社が「やめとけ」と言われる4つの理由
ネットの「やめとけ」は、個人の体験談と業界全体の話が混ざっていることが多いです。ここでは、調査の数字で裏づけが取れる範囲に絞って、理由を4つに分けました。
若手のうちは収入が低めに出やすい
日本アニメーター・演出協会(JAniCA)の「アニメーション制作者実態調査2023」では、回答した制作者の年収の平均が455.5万円、中央値が422.5万円でした(JAniCA「アニメーション制作者実態調査2023」。調査は2022年10〜12月、有効回答429件のうち年収に答えた368件の集計)。中央値とは、全員を金額順に並べたときに真ん中に来る人の値のことです。
同じ報告書には年齢層ごとの平均年収の表もあります。その表では、20〜24歳の平均が196.6万円、25〜29歳が292.8万円でした。また、年齢ごとの値は同じ時期に答えた別々の人を比べたもので、新人が何年か働けば同じように上がる、という意味ではありません。
この調査から言えるのは、回答した若い年齢層の年収が低めだった、というところまでです。入社後にどう上がっていくかは、志望する会社の給与の仕組みを、要項や説明会で確かめてください。
労働時間が長くなりやすい
アニメ業界の団体である日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)は、2024年3月に、アニメ業界で働く人を対象にした調査の結果(回答323件)を公表しています。月間の労働時間は平均が219時間、中央値が225時間でした。レポートでは、毎月勤労統計(2022年分)の日本全体の平均月間労働時間162.3時間と比べています(NAFCA「第1回 アニメ業界の働き方に関するアンケート 結果レポート」、2024年)。ただ、調査の対象も集め方も違うので、差の大きさは目安として読んでください。
平均の219時間は、1日8時間・月20日の勤務(160時間)より月に60時間ほど長い計算です。ただし、この調査はWebアンケートへの任意の回答で、件数も323件に限られます。業界全体の平均とは言い切れない点は、頭に入れておきましょう。
雇用ではなく業務委託で働く人もいる
JAniCAの2023年調査では、就業形態に答えた425件のうち、フリーランスが30.8%、自営業が16.5%で、合わせて半数近くでした(正社員は40.5%)。また、帝国データバンクの調査では、個人(フリー)のアニメーターへの外注がわかった制作会社の割合が70.4%でした(帝国データバンク「アニメ制作市場」動向調査2026、2026年)。これは会社側に外注があるかどうかを数えた数字で、働く人のうちフリーランスが何割いるかを示すものではありません。業務委託とは、会社に雇われるのではなく、仕事ごとに契約して報酬を受け取る働き方です。
業務委託では、労働時間の上限や残業代といった、雇われている人を守るルールがそのままは当てはまりません。ただし、契約の名前が業務委託でも、実際の働き方によっては雇用として扱われる場合があります。契約書の名前だけで判断せず、働き方の中身を確かめてください。作画の仕事では、描いた枚数などに応じて報酬が決まる形もあります。
なお、2024年11月1日には「フリーランス・事業者間取引適正化等法」が施行されました。会社が個人に仕事を頼むときの取引条件を明示するなど、発注側の義務を定めた法律です(公正取引委員会、2024年)。
会社の利益が出にくい仕組みがある
帝国データバンクの2026年8月の調査では、2025年のアニメ制作市場は4,065億8,600万円で、初めて4,000億円を超えました。1社あたりの平均売上高も13億3,700万円で、集計できる2000年以降で最高です(帝国データバンク「アニメ制作市場」動向調査2026、2026年)。
それなのに、なぜ現場は苦しいと言われるのでしょうか。同じ調査では、人件費や外注費の高止まり、円安による海外への外注費の上昇、制作期間の長期化が重なり、利益を圧迫していると指摘されています。
また、同じ調査では、自社で作品の権利(IP)を持つ大手と、持たない中堅・中小の差が広がっているとも書かれています。売上が伸びても、作る側の利益が増えるとは限らないわけです。
「やめとけ」の重さは職種と雇用の形で変わる
同じアニメ制作会社でも、職種によって働き方はかなり違います。新卒の入口になりやすい職種を、一般的な傾向として並べてみました。
| 職種 | 主な仕事 | 雇用の形の傾向 | 気をつけたい点 |
|---|---|---|---|
| 制作進行 | スケジュール管理、素材の回収、各部署との連絡 | 新卒の正社員・契約社員の募集が見られる | 締切前の残業、運転の有無 |
| 動画・原画(アニメーター) | 原画の間をつなぐ絵や、動きの要になる絵を描く | 社員・契約社員・業務委託が混在 | 報酬の決まり方、研修の有無 |
| 仕上げ・背景・撮影 | 色を塗る、背景を描く、画面を合成する | 会社によって社員と委託が分かれる | 担当の範囲、使うソフト |
| 企画・宣伝・版権 | 作品の企画、宣伝、キャラクターの権利管理 | 会社員として採用されることが多い | 採用人数が少ない |
表はあくまで目安です。労働政策研究・研修機構の報告書「コンテンツ産業の雇用と人材育成」(2005年)では、作画や背景、撮影の多くが業務委託の非雇用者だったとされています。約20年前の資料なので、今の会社の実態は各社の要項で確かめてください。
制作進行の仕事の中身は、アニメの制作進行(制作アシスタント)を新卒で目指す人向けの記事で詳しく扱っています。
入る前に確かめる3つの方法
「やめとけ」に振り回されないためには、気になる会社の実態を自分で確かめるのが一番の近道です。確かめる場所は、大きく3つあります。
募集要項の「雇用」と「給与」の欄を読む
最初に見るのは、募集要項の雇用形態の欄です。検索で見た2027年卒向けの制作進行の募集には、正社員のものもあれば、1年ごとに更新する契約社員で、正社員への登用制度ありとする掲載もありました。
次の点をメモに書き出してみてください。
- 雇用形態:正社員か、契約社員か、業務委託か
- 契約の期間:更新の有無と、登用の条件
- 給与の内訳:基本給と、固定残業代(あらかじめ決まった時間分の残業代)が分かれているか
- 試用期間:長さと、その間の条件
固定残業代が含まれる場合、何時間分なのかを確かめます。その時間を超えた分の扱いも、要項や説明会で確認しておきましょう。
説明会・面接で働き方を聞く
要項に書かれていないことは、説明会や面接の逆質問で聞けます。たとえば「繁忙期の残業はどれくらいですか」「新人の研修はどんな形ですか」といった質問です。
聞き方に迷ったら、「入社後の働き方をイメージしたいので」と前置きすると角が立ちにくくなります。働き方を聞くこと自体は失礼ではありません。
制作進行の募集では、普通自動車免許を必須とする会社もあれば、不問の会社もありました。素材の回収を外部に任せていて、運転の機会が少ないという例も見かけます。免許の要否と運転の頻度も、聞いておくと入社後のギャップが減ります。
OB・OG訪問とインターンで現場の空気を見る
数字や要項だけでは、職場の空気はわかりません。学校のキャリアセンターや先輩のつながりから、制作会社で働く人に話を聞けないか探してみてください。
インターンや会社見学の機会があれば、社内の雰囲気や、先輩が新人にどう接しているかを見ておきます。
私もイベントの仕事で、さまざまな会社の担当者と打ち合わせを重ねてきました。同じ業界の会社でも、仕事の進め方や社内の雰囲気は会社ごとに違うと感じてきました。「業界がこうだから」ではなく、「この会社はどうか」を見る視点を持つと、判断がぶれにくくなります。
向いている人・合わない人
ここまでの話を踏まえて、向き不向きを整理します。どちらかに当てはまらないとダメ、という話ではありません。自分に近いほうを確かめる材料にしてください。
向いている可能性が高いのは、締切に向けて人と調整するのが苦にならない人です。
- 作品が完成するまでの過程そのものに興味がある
- 多くの人に連絡し、予定を組み直す作業が苦にならない
- 入社時の収入が低めでも、経験を積むことを優先できる
- クレジットに名前が載ることに、働く意味を感じる
反対に、次のような人は入る前によく考えたほうがよさそうです。
- 毎日決まった時間に帰れることを最優先にしたい
- 1年目から生活費に余裕のある収入が必要
- 「アニメを観るのが好き」だけが志望の理由になっている
最後の点は、少し補足させてください。観るのが好きなことと、作る工程が好きなことは別物です。締切前の調整や、地道な作業の積み重ねが仕事の大半を占めます。好きな作品のメイキング映像やインタビューを見て、その工程に興味が持てるかを確かめておくと安心です。
それでも目指すなら:会社の選び方
「やめとけ」と言われても、アニメを作る側に行きたい気持ちは本物だと思います。その気持ちを大事にしながら、会社を選ぶときの見方を3つ挙げます。
- 元請けか、専門スタジオか:作品全体をまとめる会社と、作画や背景など一部の工程を担う会社では、仕事の幅も働き方も違います
- 新人の育て方:研修の期間、教える担当の有無、配属の決め方
- 続けられる条件:雇用形態、給与の内訳、住まいから通えるか
同じ業界でも、会社の規模や得意な工程はさまざまです。アニメ業界全体の仕事の種類を知りたい人は、アニメ業界で働く方法をまとめた記事も読んでみてください。
注意:ネットの体験談は、時期も会社も職種もばらばらです。「やめとけ」という書き込み1件で判断せず、会社ごとの要項と、そこで働く人の話を合わせて見てください。
よくある質問
アニメ制作会社は全部ブラックなのですか?
そう言い切れる根拠はありません。調査では業界全体として長時間労働や若手の低収入の傾向が出ていますが、会社や職種によって差があります。要項と説明会で、雇用の形と働き方を確かめてください。
制作進行とアニメーター、どちらがきついですか?
一概には比べられません。制作進行は締切前の調整や移動の負担、アニメーターは報酬の決まり方や作業量の負担が話題になりやすい職種です。どちらの負担なら受け止められるかで考えてみてください。
正社員で採用してくれる会社はありますか?
検索で見た範囲では、新卒の制作進行を正社員で募集する掲載がありました。一方で、契約社員から始めて登用を目指す形の会社もあります。年度ごとに条件は変わるので、最新の要項で確かめてください。
一度入って合わなかったら、どうすればいいですか?
制作進行で身につく段取りや調整の経験は、映像やイベントなど、ほかの制作の仕事でも生かせる場面があります。入る前に「何を身につけたいか」を決めておくと、合わなかったときの次の道も考えやすくなるはずです。
制作会社以外で、アニメに関わる道はありますか?
あります。作品の企画や出資、宣伝、グッズ、配信などは、出版社やレコード会社、玩具メーカー、配信サービスの会社なども担っています。作る現場に近いのは制作会社ですが、「アニメに関わりたい」が軸なら、こうした会社も候補に入れて比べてみてください。
まとめ:「業界」ではなく「会社と職種」で判断する
アニメ制作会社が「やめとけ」と言われる背景には、若手の収入、長い労働時間、業務委託の多さ、利益が出にくい仕組みがあります。ただ、その重さは職種と雇用の形、会社の体制で変わります。
最初の一歩として、気になる会社を2〜3社選び、募集要項の雇用形態と給与の内訳を書き出してみてください。空欄になった項目が、説明会やOB・OG訪問で聞くことです。そこまで確かめてから、自分で判断して大丈夫です。